昭和42年12月13日 朝の御理解



 その事をおかげにして、その事を信心の向上の踏み台にして、その事というのは一つの難儀、または心にかかるもの。私今度御本部参拝いたしまして、ちょうどこちらが月次祭でございましたから、親教会に我々御礼に寄らずに、こちらそのことを親先生にも申し上げまして、直接こちらに参った。ところがその半ばに帰らせて頂きましたおかげで、お説教も私がおかげを頂く事になった。
 ですからその翌日親教会に、その近いから先に、これはいつも私の例でございますから、御土産を買わせて頂いておりましたから、それを持ってお礼参拝させてもらったんです。そして18日の報徳祭の事も、お願いを前々からさせて頂いておりましたけれども、ま(普通の通りの渡される事?)があるんです。それがあの報徳祭に併せて、(しゅんこく。)会社のお祭りを併せ、仕えさせて頂きたいと言う事です。
 これはあのどこの教会でも、御大祭に併せてね、秋の教祖大祭に併せてなさいます。ところがここの場合は、10月の16日ですから、いわばあのしゅんこく開催。【 】のお祭りとできない訳です。まそれぞれ【 】がございませんから。それで報徳祭に併せて、その燈篭の、あの【 】書いてある方常備終わって、もようすい致しておりました。のでございますがそういう事、そう言う事、親先生平気で言われるんです。
 「これはどういう事でしょうか」言いましたですね。まあその方あたり通し、もうその噂したおやかたじゃろうか、という形が言葉を持っておった訳ですけれども、それこそ嫌がらせのように、ま少なくとも私はそのように感じたんです。もう触ろうともなさらんのですよね。はあどうしてこんなもんだろうかと私は思いましたですね。そして【  】必ず信用とされる所を、私にそのまあ言うて下さる訳です。結局私と先生の言うなら、見解の相違であるという事が分かりました。
 報徳祭、教祖大祭というような、いわゆる教祖の神様が天地金乃神と同根と言われるような、御神格を得ておられてから、いわゆる事柄なんかしゅんこく、会社を天地の親神様に、そ、いうなら当たり前だけれど。報徳祭は、まこれは私の信念だけれども、新金光様と三代金光様の御祭りとして仕えるのであるから、しゅんこく会社ならんと、こう思っておった。こうとらなったらだから、私思うんですけれども、もうこれは私としては、やっぱ教祖の神様がなるほど。
 天地金乃神と同根という程の御神格をお受けになられたけれども、そのいういうなら短めであった。だけどそれが本当の意味で成就したなら、二代金光様、三代金光様の分も、それこそ人間の知恵力で、力でできる事か分からん程の、例えば三代様の場合は、七十年間といわれる間のご神勤がですね。そして神ながらなおかげ【 】そのままいわゆる生神金光大神の御神格を、この最大をもって成就され貫かれたという、頂き方をしている私なんですね、いわゆる皆さん方のご信心そのものが。
 天地金乃神と同根であるという、私の頂き方なんです。そこでこの次がね、親先生は教祖の神様が天地金乃神と同根。二代様三代様はお祭りさせて頂いても、それはどこまでも徳を、徳の向こうをお祭りだけであって、そこそこそれではないとこう言われるのです。だからあん時に大祓い式の時に、しゅんこく感謝祭をしなさい。損得【  】軽くこう言われる訳なんです。今言う【 】かなるその葉書をもって、いうならいたしとりますしですね。そんな事もいよいよ私の心に、日々どこへか引っ掛かっているんですね。
 このような御本部参拝で、まあいうなら親と子と気になる方が往生していて、【 】感じで親神様とよいどれの貧相病ひっさげ、親子の手をふまえ、小さなその横で長々と話をしておいてから、どうでも良い親子のなんと言うですかね。もう睦まじさというかそれを見せて頂いてから、もう本当に嬉しかった有難かったという、いさ我々やったんですよ。私がそうだったんですね。いろんな事を思うていろんな事をしたり、魚を売ったような感じだったんです。
 ところがここが取り次ぎになって、例えばそのように事に、ま生まれかわらせながら感じたんです。もう一つ私は感じたんです。これは御本部参拝させて頂きます【 】ばん布教しようと間が、親教会の采配下の中にあって、そして一緒に参拝させて頂いた。でそれが、今日感じていた事と、似たからといった事で、【 】に参りましても、必ずここの御信者さん方は、【 】といって頂いて、心に必ず神様へのおん【 】治まるのが分かりましたですね。で両方に【 】親教会に参拝なさった訳ですよ。
 ところが今度はです。御本部で参拝できんです。ところがそれは余った金が、三【 】しかないんですね。ここもお供えを大事に柱にして、そのお供えに関して頂いたら、お金がなくなる訳なんです。だからもうと思うて親教会参りだけで、帰して頂くかどうかと言う事が相談された訳なんです。あちらで参加者一同の中でね。そうしたら良かろうと言う人もおればね、ここはもう教会に参ったんだから、これをしようとなんも悪くしよんなる。いえば、それが1週間くらいになる。
 もう毎日参らないけれども、二代、三代になっても、それがはっきり重複して【 】おる。生活しておる。いわば【 】だいもそうですよね。親教会もせんならん。どこの教会もせんならん。それだけのあなたね。それそれほどせんでよかろと言った様な、まそれほどせんでよかろとこういった信心が、まそこで留まっておられますけども。やはりそこで一つの、まこう状況というのもございますからね。それでましない方は新たに【 】はしないけれども、私はしたんです。
 まあそう言う事があっておる中で、分っておるけれども、もうおかげをもよくよくと、こっちはかんでんですね。そこで私はですね、こう思うたんですけれど。もう私の分と私の【 】そういう風に、東の教会もそれから売り切らんごとなって、折角の祭り。【 】かっしゃる。私は借りてほしいとこう言う。大払い大払い式にでも来なさいとこう言われる。でもまあしきりに【 】ですか。いよいよ祭殿でのお祭りの頃。でしんこく感謝である。と私が頭に響いたんです。その全くかがきなんですよね。
それはそれでここんところ【 】にまたまた、心に引っ掛かっておりましたけれど、そのその事【 】しておりましたら、今日丁度13日会ですからね。13日会。はあ今日は13日会の本当に親先生、立たせて受ける抜こうちゅうのが、あの13日会の生まれた動機だったなあと思うたんです。私共はここから団体で、小倉にお参りさせてもらおう。それが親先生の心に障り、又は他の先生方の機関に障って、向こうも、非常にその悲しい事でしたんですよ。もう教会でも何でも、その団体参拝。
 小倉からにしてからと言った様な、まあことやったんです。まあふうふ例会の人達としては、もう本当にそれこそよりどるみどるほどのはがいい思い致しましたが、致しましたけれどもです。そうような事が、しかしきっかけになって、13日会が生まれる。そうするとそう思うたおかげで、今度は今度は13日会の発会できたんですからね。それ【 】13日会なかったら、私今日を神様の願いが成就する日。神の悲願が成就する日として、大事に尊重される日という日の、今日の事をお願いさせて頂きよって、その事だったらいいんだなあと、こう思うたんです。
 私のようなどう【 】っても、その事が神様の願いが成就していく事の為の、一つの方法であるとするならね。いわゆるその事によって伺うてあると、こう【 】るね。それその事によって伺うとなると。そしてその事によって、私は伺うと信心進めていこうと、こう思わせて頂いたところです。そしてもしこれから御本部参拝させて頂いてから、ここを教えてもらわんかったら、自分の教会から教えて【 】やったらいいんです。例えば【 】やったり己の方から。それで心がです。
 実は私はその必ず、御本部参拝の時に、これは私の家庭に対する、金光もんでは必ず買っていくんですよ。こんな【 】家族の事やから、神様のものくらいは、私がみして頂こうとこう思うたんです。装束買うじゃない。小さな心から教えていれるなら、私自身がいうなら御本部参拝、態度に神様の思いを私が、共感させて頂いてから孝行もさせて頂こうと思うたら、有難いと思うた。そして希望【 】が頂けましたね。
 そう言う事によって、こ【 】。その事によって、私は一段と信心を進めさせて頂く事が出来ましたけどね。お互いちょっとした事なら体の上なら、どうにもこうにも、もうおたついっぱい引っ掛かって、どうもその事が、ふっとこう【 】浮かんでくると、そう言う事でも、嫌だ【 】する事わかります。けどその事をもってですね。波多野さんがおかげを頂く。そのおかげの材料とするけんたい。
 それをね。どうもおかげの材料だけにはならん。その事をもって一段と信心を進めていく。私は一つの何か【 】しなければならない。おかげを信心を進めていく姿勢。これ大切にしなければならないとこね。それでも私の気持ちの上でのね。すっきりした。これからの事はですね。そんなにして頂いたおかげ頂いたのです。皆さんと共にね。それぞれが遺言過疎地あり、それぞれの神からお徳なりますね。だからそれこそ私信心していき、おかげにしていくところに、私の道の信心があると思うんですね。
   どうぞ。